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日本の蔵と収納

蔵とは何か?

かつての富裕層の生活の道具や衣装や文書を保管した【蔵】でそれらの収蔵品は現実生活の実用にならないとしても美術品、工芸品、学術資料として大きな意味をもちます。蔵をつくる人間の歴史を学び、それを元に「喜ばしい生活のシステムづくり」とは何かを考えてみましょう。

日本の蔵

「クラ」という言葉は、倉・庫・蔵の漢字と結びついて、人間の社会的地位を表す素材となってきました。“倉”という文字は食の字の省形と“口”という字が合わさったもので、本来は穀物を収蔵する場所でした。“庫”は兵車を収蔵する場所であり、ともに収蔵する内容は食品や着物へと広く拡大していきました。これに対して“蔵”は収蔵する内容よりも行為を指し、貯蔵をするという意味から、さらに進んで場所そのものを指す意味へと発展してきました。歴史的経過からすると“蔵”=資産が貯蔵される場所と認識されるようになり、日本人の社会的・経済的地位を象徴するものと考えられるようになっていきました。

日本の住宅建築も「収納所」ではなく「収納庫」に目を向け始めているようです。

日本人の生活空間には自然と「四季」の演出が中心となっています。つまり欧米の2倍ほどの家具調整が必要であり、それをバックアップしていたのが「蔵」の存在です。蔵は日本人の住まい方の原点のイメージを確固として定着させています。

防火建築としての土蔵

土蔵技術の歴史は、平安時代までさかのぼります。貴族の邸宅の貴重な文書・書籍を格納する文倉として用いられ、鎌倉時代に入ると京都も裕福な商人や官人の中に土蔵を持つものが現れ始めました。14世紀初期に作成された『春日権現験記絵』には京都の邸宅の火災で焼け残った土蔵がの様子が描かれています。土蔵の屋根は燃えてしまいましたが、漆喰塗りの壁で覆われた本体は完全に残っていました。これを見ると、土蔵の防火建築としての基本技術は、この頃にすでに出来上がっていたと推定されます。

伝承される飾り棚と押入れ

伝統的な日本の住まいには家具というものが非常に少ないが、その中で唯一、棚だけは一貫して使われ続けてきた家具である。棚の歴史は大変古く、大陸文化導入以前からあったと考えられている。日本家屋には必ずある押入れは、いつ使われるようになったかは定かではないが、庶民の家屋に伝搬していったのは江戸時代のことである。綿を入れた布団が広まっていくのと、住まいに押入れが作られるようになっていくのは、同じような時期のようである。布団を入れるために、押入れが庶民の家にもつくられるようになったのかもしれない。

蔵のある現代住宅

CLEで施工した蔵や収納のある家